アイルランドの有名な食べ物と聞いて、具体的にどんな料理を思い浮かべますか?「ジャガイモとギネスビール」というイメージが強いかもしれませんが、実はそれだけではありません。エメラルドの島アイルランドには、厳しい歴史と豊かな自然が育んだ、奥深く魅力的な食文化が息づいています。アイルランド料理の特徴は、高い品質の食材を活かした、素朴ながらも深い味わいにあります。
この記事では、アイルランド観光や留学等で訪れた際に味わってほしい美味しい食べ物を、定番から少し意外なものまで、有名な食べ物ランキング形式で詳しくご紹介します。国民の魂ともいえるジャガイモなどの主食から、冷えた体を芯から温める伝統料理、そして素朴で愛らしいスイーツやお菓子まで、幅広く網羅しました。
さらに、アイルランドの文化に不可欠なギネスビールをはじめとするお酒や飲み物、人々が集い語らうパブ文化、そして旅行者が知っておくと安心な食事マナーについても掘り下げていきます。この記事を読むことで、あなたのアイルランド旅行が、より味わい深いものになれば幸いです。
- アイルランドを代表する伝統料理や国民食
- 人気のスイーツやお酒などの飲み物
- 食文化に欠かせないパブの役割
- 旅行で役立つ食事マナーや注意点
アイルランドの有名な食べ物|料理・主食の特徴

- アイルランドの食文化の背景とは
- アイルランド料理の特徴と魅力
- ジャガイモやパンなどの主食
- 心温まるシチューなどの伝統料理
- 美味しい・有名な食べ物ランキング
アイルランドの食文化の背景とは
アイルランドの食文化において多くの人が抱く「素朴で心温まる」というイメージの裏には、国の運命を根底から揺るがした壮絶な歴史と、どこまでも広がる緑豊かな自然環境が深く関わっています。
特に19世紀半ばに起きた「ジャガイモ飢饉」は、アイルランドの食文化に計り知れない影響を与えました。当時、国民の主食であったジャガイモが疫病で壊滅的な被害を受け、約100万人が犠牲になり、さらに多くの人々が故郷を捨てて移民となることを余儀なくされたのです。この悲劇は、食の多様性を失わせ、「生きるための食事」へと単純化させる大きな要因となりました。
しかし、アイルランドの食の物語は悲劇だけではありません。大きく分けて二つの潮流が存在します。一つは、前述のような厳しい歴史の中で、限られた食材を最大限に活かす知恵から生まれた、伝統料理の世界。そしてもう一つが、近年の目覚ましい経済成長と共に花開いた革新的な美食の世界です。これは、世界に誇る高品質なラム肉、新鮮なシーフード、牧草で育った牛の乳製品といった国産食材の価値を再発見し、洗練された技術で提供する新しい動きを指します。
古代ケルト人が愛した乳製品、ヴァイキングがもたらした魚介の知識、そして国の運命を変えたジャガイモ。これらが織りなす食の歴史を知ることで、アイルランド料理は単なる「肉とジャガイモ」の組み合わせではなく、ケルト神話、歴史、現代を映し出す鏡であることが見えてくるでしょう。
豆知識:食のルネサンスを支えた「ケルトの虎」
1990年代後半から2000年代にかけ、アイルランドはIT産業を中心に驚異的な経済成長を遂げ、「ケルトの虎(Celtic Tiger)」と称賛されました。この好景気は国民に自信と豊かさをもたらし、食文化にも大きな変革を引き起こしました。シェフたちは積極的に海外で腕を磨き、国内の生産者は品質向上に努めました。この結果、「ファーム・トゥ・テーブル(農場から食卓へ)」という考えが浸透し、現代のアイルランド料理が国際的な評価を獲得する大きな原動力となったのです。
アイルランド料理の特徴と魅力

アイルランド料理の魅力は、高品質の食材が持つ本来の味を最大限に引き出す、気取らないシンプルさにあります。
主な調理法は「煮る(Boil)」か「焼く(Roast)」が中心です。特に、アイルランドの食文化の根幹を成すのが煮込み料理。これは、燃料となる薪や泥炭(ピート)が貴重であった歴史的背景から、暖炉の残り火などを効率的に使い、時間をかけてじっくり調理するスタイルが定着したためと考えられています。国民食であるアイリッシュシチューに代表されるように、硬い部位の肉も長時間煮込むことで驚くほど柔らかく、野菜の滋味深い甘みがスープ全体に溶け出していきます。
味付けも極めてシンプルで、基本は塩、挽きたての黒胡椒、そして庭で採れるようなタイムやパセリといったハーブのみ。ソースで飾り立てるのではなく、食材そのものが持つ風味をそのまま味わうことを重視します。これは、アイルランド政府食糧庁(Bord Bia)が推進するグラスフェッド(牧草飼育)で育った牛の乳製品やラム肉、北大西洋の冷たい海で獲れる新鮮なシーフードなど、食材の質の高さに対する揺るぎない自信の表れでもあるのです。飾らないながらも深く、心と体に染み渡るような優しい味わいこそが、アイルランド料理の真髄と言えるでしょう。
アイルランド料理の3つの要素
アイルランド料理の本質は、以下の3つの要素の組み合わせによって成り立っています。
- じっくりと煮込む料理
限られた燃料を有効活用するために発展した、先人たちの調理の知恵。 - 万能食材ジャガイモ
国の歴史そのものを体現し、あらゆる料理で主役にも脇役にもなる「魂の糧」。 - 高品質な地元の産物
エメラルド色の牧草地と豊かな海がもたらす、世界に誇るラム、ビーフ、シーフード、乳製品。
ジャガイモやパンなどの主食

アイルランドの食卓を力強く支えているのが、ジャガイモとパンという二つの主食です。これらは単なる炭水化物源ではなく、アイルランドの歴史、文化、そして人々のアイデンティティと分かちがたく結びついています。
ジャガイモ ― アイルランド人のソウルフード
16世紀末に新大陸からもたらされたジャガイモは、アイルランドの冷涼で湿潤な気候と痩せた土壌に奇跡的に適応しました。同じ面積の土地から他の穀物より遥かに多くのカロリーを収穫できたため、瞬く間に貧しい農民の生命線となったのです。前述のような悲劇の歴史がありながらも、アイルランド人にとってのジャガイモは紛れもなく「主食」であり、「ソウルフード」だと言えるでしょう。
調理法のバリエーションは多彩で、日常のあらゆる食の場面に、形を変えて登場します。
- ローストポテト/ベイクドポテト
皮付きのままオーブンでじっくりと焼き上げ、外はカリッと、中はホクホクに仕上げた一品。ハーブやガーリックで風味付けすることも。 - マッシュポテト
たっぷりのバターと牛乳(またはクリーム)で滑らかに仕上げた、最もポピュラーな付け合わせ。肉料理のソースと絡めて食べるのが最高です。 - チップス
日本で言うフレンチフライのこと。アイルランドでは太めにカットしたものが主流で、モルトビネガーをかけて食べるのが現地流です。
伝統的なレストランではメインディッシュの付け合わせとして、ロースト、マッシュ、チップスという3種類のジャガイモ料理が一度に提供されることもあります。
パン文化 ― ソーダブレッドとブラウンブレッド
ジャガイモと並ぶもう一つの主食がパンです。特にアイルランドを象徴するのが、各家庭で母から子へと受け継がれてきた「ソーダブレッド」です。これはパン酵母(イースト)の代わりに重曹(ベーキングソーダ)と、酸性のバターミルク(バター製造時に残る液体)の化学反応で生地を膨らませる「クイックブレッド」の一種です。発酵時間が不要なため、思い立ったらすぐに焼ける手軽さから、広く普及しました。外はゴツゴツと硬く、中はしっとりとした独特の食感が特徴で、シチューやスープを最後の一滴まで味わうのに欠かせません。
また、全粒粉を用いて作られる素朴で栄養価の高い「ブラウンブレッド」も、特に朝食の食卓には欠かせない存在です。アイリッシュバターをたっぷり塗ったり、スモークサーモンやチーズを乗せたりして楽しまれます。
心温まるシチューなどの伝統料理

アイルランドの伝統料理の真髄は、厳しい気候の中で人々を慰め、体を芯から温めてきた、愛情たっぷりの煮込み料理にあります。ここでは、アイルランドを訪れたら必ず味わいたい、代表的なソウルフードをご紹介します。
アイリッシュシチュー (Irish Stew)
まさにアイルランドの国民食であり、魂の料理と呼ぶにふさわしい一品です。その起源は古く、農家の人々が手に入る食材で作り始めた質素な料理でした。伝統的なレシピは驚くほどシンプルで、骨付きのマトン(成羊肉)またはラム(子羊肉)、そして大量のジャガイモと玉ねぎを大きな鍋に入れ、ハーブ(主にタイムやパセリ)と塩胡椒で調味し、水で何時間もかけてじっくり煮込むだけ。長時間煮込むことで、マトンの肉は柔らかくなり、ジャガイモの一部が自然に崩れてスープに優しいとろみを与えます。日本の「肉じゃが」のように、家庭ごとに少しずつレシピが異なる「おふくろの味」の代表格です。
ギネスシチュー (Guinness Stew)
アイリッシュシチューが家庭の優しい味なら、こちらはパブの定番であり、少し大人の味わいが魅力の煮込み料理です。アイリッシュシチューが羊肉を使うのに対し、ギネスシチューの主役は角切りの牛肉。そして、その名の通り、アイルランドが世界に誇る黒ビール「ギネス」を惜しげもなくたっぷりと使って煮込みます。ギネス特有の焙煎された大麦がもたらす深いコク、香ばしさ、そしてほのかな苦みが、牛肉の力強い旨味と人参やセロリといった野菜の甘みと一体となり、他にはない複雑で奥行きのある味わいを生み出します。アイリッシュシチューよりも濃厚で、黒胡椒を効かせたスパイシーな風味は、まさにギネスビールをお供に味わうために生まれた料理と言えるでしょう。
「アイリッシュシチュー」と「ギネスシチュー」の違い
どちらもアイルランドを代表する煮込み料理ですが、混同しないようにポイントを整理しておきましょう。
項目 | アイリッシュシチュー | ギネスシチュー |
---|---|---|
主役の肉 | 羊肉(マトンまたはラム) | 牛肉 |
煮込む液体 | 水またはブイヨン | ギネスビール |
味わい | 素朴で優しい、塩ベースの味わい | 濃厚でコク深い、ビールの苦みが効いた味わい |
主な場所 | 家庭、伝統的なレストラン | パブ、レストラン |
その他の家庭料理
ベーコン・アンド・キャベッジ
塩漬けにした豚の塊肉(アイリッシュベーコン)を、キャベツやジャガイモと共に大きな鍋で茹でるだけの、最もシンプルで伝統的な家庭料理。バターとパセリで作ったクリーム状の「パセリソース」をたっぷりかけて食べるのが一般的です。アメリカの聖パトリックデーで食べられる「コンビーフ&キャベッジ」の原型となった料理です。
ダブリン・コドル
首都ダブリンの労働者階級の間で生まれた、残り物を活用するための知恵が詰まった煮込み料理。主な材料は、太めのポークソーセージ、ベーコン、ジャガイモ、玉ねぎ。これらを鍋に層状に重ね、ブイヨンや水でゆっくりと蒸し煮にします。「コドル(Coddle)」とは「優しく煮る、とろ火で煮る」という意味で、その名の通り、時間をかけて食材の旨味をじっくり引き出す、ダブリンのソウルフードです。
美味しい・有名な食べ物ランキング

数あるアイルランド料理の中から、アイルランドを訪れた際に特に味わうべき象徴的な食べ物を、歴史的な重要性や国民的人気、そしてアイルランドらしさを総合的に判断し、ランキング形式でご紹介します。このリストを参考にすれば、アイルランドの食の魅力を体験する参考になるはずです。
順位 | 料理名 (英語名) | 主な材料 | 特徴とおすすめポイント |
---|---|---|---|
1位 | アイリッシュシチュー (Irish Stew) | 羊肉、ジャガイモ、玉ねぎ | アイルランドの魂とも言える、優しく滋味深い国民的煮込み料理。焼きたてのソーダブレッドを浸して食べるのが最高の楽しみ方です。 |
2位 | フル・アイリッシュ・ブレックファスト (Full Irish Breakfast) | ベーコン、ソーセージ、ブラック/ホワイトプディング、卵、トマト | 農場での一日の重労働に備えるための、高カロリーでボリューム満点の朝食。別名「The Fry」。B&Bやカフェでぜひ体験してください。 |
3位 | シーフードチャウダー (Seafood Chowder) | 白身魚、サーモン、ムール貝、クリーム、ジャガイモ | 四方を海に囲まれたアイルランドならではの、新鮮な魚介をふんだんに使ったクリーミーで濃厚なスープ。特にゴールウェイなど海辺の町のパブで味わうのがおすすめです。 |
4位 | ビーフ・アンド・ギネスシチュー (Beef and Guinness Stew) | 牛肉、ギネスビール、根菜 | ギネスビールのほろ苦さとコクが牛肉の旨味を深く引き立てる、パブ料理の王様的存在。ギネスの聖地ダブリンのパブで、本場のギネスと共に味わいたい一品です。 |
5位 | ソーダブレッド (Soda Bread) | 小麦粉、重曹、バターミルク | 家庭で手早く作れる、外はカリッと中はしっとりした伝統的なパン。シチューやチャウダーのお供に、またバターとジャムでシンプルに味わうのも格別です。 |
この他にも、マッシュポテトにケールやキャベツを混ぜ込んだ「コルカノン」、生のジャガイモと茹でたジャガイモを両方使って作るもちもちのポテトパンケーキ「ボクスティ」、そして新鮮な生牡蠣やスモークサーモンなど、アイルランドの豊かな食を体験できる美味しい料理がまだまだたくさんあります。
アイルランドの有名な食べ物と食事を楽しむコツ

- 現地で人気のスイーツとお菓子
- 世界的に有名なお酒や飲み物
- 人々が集う社交場としてのパブ
- アイルランド観光でグルメを満喫
- 知っておくと安心な食事マナー
現地で人気のスイーツとお菓子

心温まる家庭料理だけでなく、アイルランドには素朴でどこか懐かしい魅力を持つスイーツやお菓子もたくさんあります。イギリスの食文化の影響を受けつつも、地元の食材を活かした独自の発展を遂げてきました。食後のデザートや、午後の紅茶と共に楽しみたい甘味をご紹介します。
伝統的なスイーツ
アイルランドのデザートは、華やかさよりも家庭的で優しい味わいが特徴です。代表的なものには以下のようなものがあります。
- アイリッシュ・アップルケーキ
シナモンを効かせたりんごがたっぷり入った、しっとりとした素朴なケーキ。温かいまま、カスタードソースやアイスクリームを添えて食べるのが一般的です。 - ポーターケーキ
ギネスなどの黒ビール(ポーターやスタウト)を生地に練り込んだ、ドライフルーツたっぷりの濃厚なパウンドケーキ。ビールの風味が生地をしっとりとさせ、独特の深いコクを与えます。 - バノフィーパイ
砕いたビスケットの土台に、トフィー(キャラメル)、スライスしたバナナ、そしてたっぷりの生クリームを重ねた、甘党にはたまらないパイ。イギリス発祥ですが、アイルランドでも絶大な人気を誇ります。 - ルバーブクランブル
甘酸っぱいルバーブの上に、小麦粉、バター、砂糖で作ったそぼろ状の生地(クランブル)を乗せて焼き上げた、春から夏にかけての定番デザートです。
ハロウィンの伝統菓子「バームブラック」
アイルランドのスイーツの中でも、特に文化的な意味合いが強いのが「バームブラック」です。これは、レーズンなどのドライフルーツが練り込まれたリッチな味わいのパンまたはケーキで、アイルランド発祥の祭りであるハロウィンの夜に食べるのが伝統です。このお菓子が特別なのは、生地の中に指輪、コイン、豆、布切れといった小さな品を隠して焼き、自分のスライスから何が出てくるかで未来を占うという、遊び心あふれる習慣があるためです。指輪は「1年以内の結婚」、コインは「富」を意味するとされ、家族や友人が集まるハロウィンパーティーを盛り上げる、欠かせない存在となっています。
国民的スナック「テイトー」
現代アイルランドの食文化を語る上で欠かせないのが、スーパーのスナック菓子コーナーに燦然と輝くポテトチップスブランド「テイトー(Tayto)」です。1954年、創業者のジョー・マーフィーは、それまで塩の小袋を添えるだけだったポテトチップスに、製造工程で直接味付けをする技術を開発。そして、世界で初めて「チーズ&オニオン味」のフレーバーポテトチップスを発明しました。この革命的な発明は瞬く間にアイルランド市場を席巻し、今日では「テイトー」という言葉がポテトチップスそのものを指す代名詞として使われるほど、国民的なアイコンとなっています。
世界的に有名なお酒や飲み物

アイルランドの食文化は、そのユニークで個性豊かな飲み物と切り離して考えることはできません。国民的アイコンである漆黒のビールから、ウイスキーの起源を主張する世界最古の蒸留酒、そして意外にも世界トップクラスの消費量を誇る国民的飲料まで、アイルランドの喉と心を潤す飲み物を紹介します。
ギネス (Guinness)
アイルランドの飲み物といえば、まずこの漆黒のスタウトビールを挙げないわけにはいきません。1759年にアーサー・ギネスがダブリンで醸造を始めて以来、アイルランドの象徴として世界中で愛されてきました。その特徴は、焙煎した大麦が生み出す豊かな風味と、注がれることによって生まれるクリーミーな泡です。
ギネスを飲む際には、一度注いだ後に泡が落ち着くのを待ってから再び注ぐ、二度注ぎの儀式が欠かせません。この静かな待ち時間も、ギネスを味わう上での醍醐味だと言えるでしょう。
アイリッシュ・ウイスキー (Irish Whiskey)
ウイスキー発祥の地の一つとされ、隣国スコットランドのスコッチウイスキーとは異なる製法と味わいで知られます。最大の特徴は、多くの場合「3回蒸溜」されることです。通常2回のスコッチに対し、蒸溜を1回多く行うことで、より雑味の少ない、滑らかで軽やかな口当たりが生まれます。
また、伝統的なアイリッシュウイスキーは、麦芽乾燥時にピート(泥炭)を焚かないものが主流であるため、スコッチ特有のスモーキーな香りが少なく、穀物由来の穏やかでフルーティーな香りが際立ちます。「ジェムソン」や「ブッシュミルズ」などが代表的な銘柄です。
アイリッシュ・コーヒー (Irish Coffee)
寒い日に体を芯から温めてくれるホットカクテル「アイリッシュ・コーヒー」も、アイルランド発祥です。その誕生は1940年代、悪天候で空港に引き返してきた飛行艇の乗客たちを温めるために、シェフが即興で提供したのが始まりと言われています。
熱いコーヒーにアイリッシュ・ウイスキーとブラウンシュガーを加え、軽く泡立てた生クリームを浮かべるのが特徴の飲み物です。スプーンでかき混ぜずにクリームとウイスキー入りコーヒーを味わうのが本場の楽しみ方。口の中で混ざり合う温度と味のコントラストが醍醐味です。
実は世界有数の紅茶大国
ウイスキーやビールのイメージが強いアイルランドですが、国民一人当たりの紅茶消費量も多い紅茶好き国家です。朝食、11時、午後3時、そして食後と、一日に何度もティーブレイクを取るのがアイルランド人の日常。
非常に濃く淹れたアッサムベースの紅茶に、たっぷりのミルクと砂糖を加えて飲むのがアイルランド流です。国民的人気を二分するのが、コーク発の「バリーズ・ティー(Barry’s Tea)」とダブリン発の「ライオンズ・ティー(Lyons Tea)」です。
人々が集う社交場としてのパブ

アイルランドの文化、社会、そして現地の人々に触れるには、パブを訪れるのが一番の近道です。アイルランドにおけるパブは、単にお酒を飲むための場所ではなく、地域コミュニティとしての社交場だと言えます。
「パブ(Pub)」という言葉の語源は「パブリック・ハウス(Public House)」、すなわち「公共の家」。その名の通り、年齢や職業、社会的地位に関係なく誰もが気軽に集い、最新のニュースを交換し、政治を議論し、商談をまとめ、そして人生のあらゆる節目(結婚、誕生、葬儀)で人々が集う、コミュニティそのものなのです。何世代にもわたって同じ家族が経営する小さなパブも多く、地域の人々の暮らしを静かに見守ってきました。
アイルランドのパブを特徴づける最も重要な要素が、「クラック(Craic)」というゲール語由来の言葉です。これは単に「楽しみ」や「面白い話」を意味するだけでなく、その場の活気、弾む会話、陽気な音楽、そして人々との間に流れる心地よい一体感といったポジティブな空気感を指す、アイルランド的な概念です。夜になると多くのパブでは、フィドルやギター、バウロン(アイルランドの太鼓)を持ったミュージシャンたちが自然と集まり、伝統音楽(トラッド・ミュージック)の生演奏セッションが始まります。この即興的で魂のこもった音楽と、人々の笑い声、そしてギネスの泡が一体となって、パブならではの最高の「クラック」が生まれます。
旅行者にとっても、パブは地元の人々と触れ合い、アイルランドの温かいホスピタリティを直接体験できる場所だと言えるでしょう。
アイルランド観光でグルメを満喫

アイルランドの食文化を体験するには、都市のレストランや歴史ある市場、さらにはフードフェスティバルを訪れるのがおすすめです。地域ごとに特色あるグルメスポットをご紹介しますので、旅の計画にお役立てください。
都市別おすすめグルメ
ダブリン
首都ダブリンは、伝統とモダンが融合するアイルランド最大の食の都です。1198年創業でアイルランド最古のパブと言われる「ザ・ブレイズン・ヘッド」で歴史を感じながらアイリッシュシチューを味わうのも良し、テンプルバー地区の活気あるパブで音楽と共に食事を楽しむのもおすすめです。近年はミシュランの星を獲得する革新的なレストランも増えており、美食家にとっても多くの選択肢があります。
コーク
南部に位置するアイルランド第2の都市コークは、「食の首都」との呼び声も高い美食の街。その中心にあるのが、後述する「イングリッシュ・マーケット」です。この市場を中心に、新鮮な地元の食材を活かした質の高いレストランが数多く存在します。
ゴールウェイ
西海岸の芸術と文化の都ゴールウェイは、新鮮なシーフードで特に有名です。ゴールウェイ湾で獲れたばかりの牡蠣やムール貝、大西洋から水揚げされた魚介類を使った料理は絶品。多くのパブやレストランで提供されるクリーミーなシーフードチャウダーは、ゴールウェイを訪れたらぜひ試したい一品です。
食の宝庫 ― コークのイングリッシュ・マーケット
コーク市の中心部に位置する「イングリッシュ・マーケット(English Market)」は、1788年の開設以来、コーク市民の台所を支え続けてきた、アイルランドの食文化が凝縮された市場だと言えます。
伝統的な精肉店が並び、コーク名物のドラシーン(血のソーセージ)やスパイスビーフが売られています。また、新鮮な魚介類、地元の農家が育てた有機野菜、そして職人が作るアルチザンチーズやパン、世界中のスパイスを扱う店まで、新旧様々な食材が一堂に会し、歩いているだけで五感が刺激される活気に満ちています。市場で仕入れたばかりの食材を使った料理を味わうことができ、コークの食文化を体験するのに最適な場所です。
フードフェスティバルに参加しよう!
年間を通じてアイルランド各地で、その土地の食材を祝うフードフェスティバルが開催されています。旅の時期が合えば、これ以上ないほど新鮮で美味しいアイルランドの食を体験できる素晴らしい機会になります。
- ディングル・フード・フェスティバル(10月初旬)
美しい港町ディングルを舞台に、地元のレストランや生産者が自慢の料理を小皿で提供する「テイスト・トレイル」が人気のイベントです。
- ゴールウェイ国際オイスター&シーフード・フェスティバル(9月下旬)
1954年から続く世界的に有名な牡蠣の祭典。牡蠣の殻むき世界選手権も開催され、世界中から食通が集まります。
知っておくと安心な食事マナー

アイルランドでの食事をより快適に、そして心から楽しむために、日本とは少し異なる現地の習慣やマナーをいくつかご紹介します。これらを事前に知っておけば、必要以上に戸惑うことなく振る舞うことができるはずです。
チップの習慣
アイルランドでは、良いサービスに対して感謝の気持ちをチップで示す習慣が一般的です。ただし、アメリカほど厳格ではありません。
レストラン
満足のいくサービスを受けた場合、会計総額の10%から15%程度をテーブルに残すのが標準的です。ただし、請求書に「Service Charge」または「Gratuity」として10~12.5%程度のサービス料が既に加算されている場合が多々あります。その場合は、追加でチップを置く必要はありませんので、支払いの前に必ず請求書の内訳を確認しましょう。
パブ・バー
カウンターでドリンクを一杯ずつ注文するごとにチップを渡す必要はありません。しかし、テーブルで食事をしたり、バーテンダーに特に親切にしてもらったりした場合は、お釣りの小銭(€1~2程度)をカウンターに置いていくと喜ばれます。
タクシー
必須ではありませんが、料金をキリの良い金額に切り上げて(例:€8.50なら€9を渡す)支払うのが一般的です。
パブでの作法「ラウンズ」
友人や同僚など、グループでパブを訪れた際に知っておきたいのが、「ラウンズ(Rounds)」と呼ばれるアイルランド独特の習慣です。これは、グループの一人がまず全員分の飲み物をまとめて注文・支払いし、次のは別の人が全員分をおごる、というように順番に繰り返していくシステムです。これは単なる割り勘の方法ではなく、公平性と仲間意識、そして気前の良さを示すための、アイルランドの社交文化の根幹をなすものです。
ラウンズ(Rounds)の注意点
この習慣は、参加者全員が同じくらいのペースで飲み、最終的に自分が飲む杯数と支払う金額がほぼ同じになることを前提としています。もしあまり飲めない場合や、一杯だけ飲んで先に帰りたい場合は、トラブルを避けるためにも、最初からグループに「I’m not in a round this time.(今回はラウンドには参加しないよ)」と笑顔で伝え、自分の分だけを個別に注文・支払いするのが賢明です。自分の番が来る前にお店を黙って出てしまうのは、最も避けるべきマナー違反とされていますので、注意が必要です。
これらの習慣は、アイルランドの社交文化の一部です。「郷に入っては郷に従え」の精神で、現地の文化を尊重し、楽しむ姿勢が、現地の人々とのより良いコミュニケーションに繋がります。
総括:アイルランドの有名な食べ物
この記事では、アイルランドの食文化とその魅力を、歴史的背景から具体的な料理、そして現地の習慣に至るまで多角的にご紹介しました。最後に、あなたのアイルランド旅行をより豊かにするための重要なポイントをリストでまとめます。
- アイルランドの食文化はジャガイモ飢饉の悲劇と豊かな自然に根差している
- 料理は高品質な食材を活かすため煮込み料理が中心で味付けはシンプル
- 主食は国民の魂の糧であるジャガイモと家庭で手軽に作れるソーダブレッド
- 国民食アイリッシュシチューは羊肉が基本のどこか懐かしい優しい味わい
- 牛肉とギネスビールで煮込むギネスシチューもパブの定番で人気が高い
- フルアイリッシュブレックファストは一日の活力となるボリューム満点の伝統的な朝食
- 沿岸部では新鮮な魚介の旨味が凝縮されたシーフードチャウダーが絶品
- ハロウィンには運勢を占う遊び心のある伝統菓子バームブラックを食べる習慣がある
- 世界初のフレーバーポテトチップス「テイトー」はアイルランド発祥の国民的スナック
- 飲み物はクリーミーな泡が特徴のギネス、3回蒸溜で滑らかなアイリッシュウイスキーが代表的
- 意外にもアイルランドは世界トップクラスの紅茶消費国でミルクティーが主流
- パブは単なる酒場ではなく年齢や職業を超えて人々が集う地域コミュニティの中心地
- 「クラック」とはパブの活気や音楽、人々との一体感を含んだ楽しい雰囲気全体を指す言葉
- レストランでのチップは10%から15%が目安だがサービス料が加算済みか要確認
- パブには「ラウンズ」という仲間意識の表れであるおごり合いの独特な文化がある




